INTERVIEW
03
「寄り添い」を社会のインフラに
—プロが結集したODR「ワンネゴ」が拓く、紛争解決の新時代
争う法ではなく寄り添う法の実現を
ー森と冨田は、なぜAtoJという会社を設立したのか
日本では前例の少ないODR(Online Dispute Resolution:オンライン紛争解決。デジタル技術(ICT)を活用して、オンライン上で紛争解決を行う仕組み)で起業ー。
その無謀な挑戦のためにスタートアップ「AtoJ」を創業した2人の弁護士、森と冨田。
少額・大量の未払いという、これまで司法の外に置かれがちだった課題にフォーカスし、その解決に取り組みます。
弁護士として培ってきた紛争解決力に加え、さまざまな分野のプロフェッショナルたちとともに議論を重ねながら創り出したサービスこそが、「ワンネゴ」。
いったいなぜ2人は、弁護士でありながらスタートアップという道を選んだのか。
そしてなぜ、ODRの事業化という、困難極まりない道をともに歩み始めたのか。
創業にかける2人の想いを、ご紹介します。
前代未聞のODR
ーワンネゴはなぜ、少額・大量債権の回収に取り組んだのか
「この事業領域でやらないなら、一緒にできませんって言いました。創業メンバーは僕以外に5人いるのですが、全員に反対されたので、僕も本気でタンカを切ったんです(笑)」
ODRで起業したいと森から相談された時のことを、冨田はそう振り返ります。
しかし控えめに言っても、冨田の主張こそがかなり無謀なもの。
欧米などで先行しているODRでは、既存のADRをオンライン化するのが常道です。
冨田が主張するような事業領域での活用事例は、おそらく皆無でしょう。そのため当時のことを、森はこう振り返ります。
「ODRといえばリアルなプロセス、法曹界で実務家がやってるようなプロセスをITに落とすことが一番大事というのが、当時の常識でした。本当に驚きました」
ではなぜ、冨田はこの前代未聞の領域をODRで実現したいと思ったのか。
それには、若手弁護士時代のプロボノ活動が深くかかわっています。それこそまさに、少額・大量の未払いの世界です。
2万件を超える未払い対応に、現場の担当者さんとともにあたる中で見た光景は、文字通り"凄惨"ともいえるものでした。
未払い金の督促など、一筋縄でいくものではありません。
電話をすれば逆に怒鳴られ、どんどん顔色が悪くなり、体調を崩す人もいます。
その時、冨田はこんなことに気が付きます。
(言葉の多さが人を感情的にして、問題解決を阻んでいるのでは…)
確かに、未払い金の督促となれば、当否はともかく債務者にも、"払わない理由"が存在します。
そのような"正義"を持っている相手を、多くの言葉で説得し支払わせようとする行為は、イソップ童話で言うところの北風と太陽に似ていると、冨田は考えました。
であれば、簡単な選択肢でわかりやすく、債務者の想いにも寄り添うこと。
そうすれば格段に問題解決の確率が上がり、債権者も債務者も心身をすり減らすことなく合意できるのではないか。
このように考え、こだわり、前代未聞のODRサービスが実現に向け始動します。
ODRの第一人者として何を感じたのか
「ちょっと待って、いったん皆クールダウンして、もう一回考え直してみよう」
冨田の奇想天外な発想に、ODRの第一人者である森は驚き、最初はイメージができなかったと言います。
そのためヒートアップする議論をいったん引き取り、後日改めて話し合うのですが、冨田の想いは変わりませんでした。
そのため森は、事業が立ち上がらない場合は別の領域にピボットすること。
欧米で主流になっている、「既存のADRをIT化する形でのODR」も準備すること。
その2つを条件に、最初の事業領域として「少額・大量の未払い領域」で進めるのであればと提案しました。
そんな立ち上げ期を振り返り、森はこのように回想します。
「最初こそイメージができなかったのですが、経験に基づく冨田の意見には納得感がありました。加えて、聞けば聞くほど私がODRで実現したかった理念と一致すると、確信できたのです」
ODRが実現すべきは、複雑そうに見える問題を簡素化し、争点を整理して合意を目指すプロセスをわかりやすく提供すること。
実際の裁判でも、当事者同士で争点整理をしてしまえば、あっけなく問題が解決することもあります。
勝ち負けをつける必要がなく、時間もコストもはるかに軽い負担で、双方に納得感のある合意に至れるでしょう。
なおかつ、少額・大量の未払い領域というのは、司法の恩恵が行き届いていない分野でもあります。
そのようなことにすぐに気が付いたからこそ、森は冨田案を受け入れたのでした。
「よし、それで行こう!」
ODRの第一人者と、少額・大量の債権回収で修羅場をくぐった冨田が、名実ともに手を握った瞬間でした。
革新的なシステムに立ちはだかる壁
「意外性のあるアイデアが出せたのは、ODRという視点をもらったからに他なりませんでした。自分の中に、まさにリフレーミングが起きたんです」
最初の事業領域を少額・大量の未払い領域と定めた森と冨田。この意外な発想を出せた理由を冨田はそのように語ります。
バックオフィスで前面に立ち苦労している担当者さんに、誰かに守られているような感覚を生み出せる。
言葉を交わさざるを得ないがゆえに、感情的になりがちな仕組みを再構築できる。
仕事と問題を捉えなおすリフレーミングを、ODRという概念から貰ったと冨田は考えます。
とはいえ、新しい概念であるがゆえに苦労をしたこともありました。
「特許を取ろうと思い、森と私で何人もの弁理士さんに相談したんです。でも皆が無理といいました。それでも諦めずに当たり続けた結果、6人目の先生でやっと、特許の申請にこぎつけることができたんです」
最後は森が連れて来てくれた弁理士さんであったと、懐かしそうに話す冨田。
「こんなん、取れますよ!」
受任をしてもらえると、あっけないほどに話が進みました。
「そもそも、ODRという概念が新しいので、壁にぶつかるのは当然であり必然でした。そんな時に力になってくれたのが、法務省のODR検討活性化委員会をはじめ、政府関係者、大学の研究者などです」
森もまた立ち上げ時の苦労をそのように振り返ります。
ワンネゴの構想は、2020年の1月31日に内閣官房の日本経済再生総合事務局からヒアリングを受けたことで、加速します。法務省からの、実証事業の受託につながったからに他なりません。
国と法務省の認定事業者になった瞬間であったといってもいいでしょう。
斬新な構想であるにもかかわらず、客観的に安定感や安心感をもってもらえる事業に育てられる大きなきっかけになったと、2人は振り返ります。
「時々、紛争解決をそんなに便利にしちゃうと、その分野の弁護士から恨まれないかと、聞かれることがあります。しかし私たちがアプローチしている領域は従来、誰もやってないのです。そういった意味では、斬新さで唯一、得をしたと言えるかもしれません(笑)」
UI/UXに込めた想い
「人間って、知らないものには不安を感じるのが自然な感性です。ODRなんて聞いたことがない言葉で、しかも法律手続きだなんてなったら、誰しも怖くなるじゃないですか」
UI/UXを設計する冨田は、原則として言葉を入力する必要がなく、選択肢だけで問題解決を目指した仕組みへの想いを、そう語ります。
加えて、言葉の壁の大きさも常日頃から問題意識として感じていました。
弁護士である冨田にも時々、「これ、何を言っているんだろう?」と感じる法律の言い回しがあるといいます。
であれば、日常生活で法律を意識したことがない人に、難解な法律用語でODRによる問題解決を迫っても、うまくいくわけがありません。
「伝わってこそ、コミュニケーション」
と考える冨田の思想と哲学が、UI/UXの基礎になったと言ってもよいでしょう。
「特殊詐欺じゃないのか。あるいは、ややこしすぎてとてもできないと諦められてしまうことを防止する意味でも、意義があるんです」
このようなUI/UXの仕組みについて、森もまた価値観を共にしています。
あらぬ誤解を避ける意味でも、究極までシンプル化した前代未聞の、「選択肢のみ」の法律手続きです。
法務大臣から「認証紛争解決サービス」を取り付けた森です。
だからこそ、法務省や法テラスなどとも連携しつつ、消費者の役に立つサービスでなければならないという想いを誰よりも強く持っています。
そのためには、「誰にとっても簡単に理解できる言葉であり、仕組みであること」が何よりも大事。
こんなところでもまた、2人の価値観が一致したが故のサービスの形といえるでしょう。
少額・大量の未払い領域から始まったワンネゴの事業
ーでも可能性はそれだけ?
「もちろんそんなことはありません。少額・大量の未払い領域はあくまでもファーストステップです。この延長には、少額・単発で発生する債権・債務の問題解決も見据えています」
ワンネゴの可能性をそう語る冨田は、例えばシングルマザーの養育費未払い問題、フリーランサーの業務委託費未払い問題の解決などにも力を発揮できると信じています。
シングルマザーはもちろん、フリーランスとして生計を立てていく時、未払いは大変な痛手になります。
しかしそれが少額の場合、対応するのは難しいのが現実でしょう。
ワンネゴの次のステップとして、そのような摩擦が生じているところを柔らかく解きほぐしていくようなサービスとしてODRを展開したいと、冨田は願っています。
「おそらく我々にも想像がつかないジャンルで、応用が利く用途がいろいろ出てくるのではないかと思っています」
冨田の言葉に深く頷きながらも、そんな言葉で補足する森。
この革新的なODRという仕組みとサービスは、もはやサービサーの思惑を超えて、やがて独り歩きを始めるのではないか。そのように確信しています。
その一例として、国際紛争の解決ともODRは、なじみがいいと考えています。
例えば、日本企業と外国企業との間で紛争が起こった時の裁判を、日本では執行できないというケース。
その解決には仲裁に似た手法が取られますが、高額の費用が必要になります。
言い換えれば、少額の場合には基本的に解決策が存在しません。
こうした問題でも、ODRで合意を目指すプロセスを経れば、国境も言語の壁も越えやすい。
実際にEUでは、EU加盟国同士はODRで解決するという方針で、導入が進んでいます。
それこそがまさに、株式会社AtoJの強みであり、ワンネゴの特徴であると森は話します。
法的なプロセスを公正な形でDXにできる。多様で柔軟性がある手法として、ODRほど適しているものはない。
だからこそ、ボードメンバーが想像している以上にこのビジネスには大きな可能性があると信じています。
ODRというサービスを普及して何を実現したいのか
ー何がそこまで二人を動かしているのか
「当たり前の社会インフラになることですね。ODRにはその可能性があると思っています」
ワンネゴのサービスが社会実装される未来を、冨田はそのように想像します。
人と人の行き違いはどうしても避けられない。
しかしそんな時、争いになり、どっちが勝った負けたの結論ではない選択肢を用意したい。
頑なになってしまった人と人の感情を解きほぐし、可能であればもう一度、関係修復をも実現できるインフラでありたい。
「まずワンネゴしてみようかな」
「ワンネゴがあるから、とりあえず話し合うことができたよね」
合意による解決だからこそできる、そんな会話と問題解決方法にこそ、冨田はこの事業の価値があると信じています。
「実は僕も、同じことを考えていました」
冨田の話に、食い気味にカットインする森。
少額債権の回収に歯がゆい思いをすることは、これまでも決して少なくなかったと感じています。
例えば、フリーランスなどから20万円の委託費を支払ってもらえないという法律相談を受けた時。
どうしたらいいですかと聞かれても、これまでの司法の仕組みでは費用対効果に合わないため、
「ご自身で頑張って、内容証明を書いて頂くことは可能ですか?」
「本人訴訟(弁護士を立てずに訴訟を提起すること)をして頂くしか…」
そんなアドバイスしかできなかったと言います。
しかしそんな時、もしワンネゴの提供するODRが社会実装されていれば、どうか。
担当弁護士は、きっとこう言うでしょう。
「ワンネゴというODRサービスがあるので、1回試してみたらどうですか?」
そんな社会インフラに育てたいと、森も願っています。
ワンネゴとは何者なのか
ー社会に何を提供する存在なのか
「優しさの届くデザインを通じて、ギスギスした世界を柔らかくコミュニケーションできる状態に変えること。それこそがワンネゴの使命であり、新しい付加価値であると考えています」
ワンネゴの存在をそのように定義する冨田。ODRを通じて目指すのは、"何かの行き違いで壊れかけてしまった関係"を、優しく修復すること。
法的争いといえば従来、正義と不正義、勝った負けたの関係であり、人と人の関係修復を目的にする仕組みとは言えないものでした。
しかしワンネゴが目指すODRであれば、それすらも実現できると冨田は信じています。
そしてこのインフラは、きっと100年続く価値あるものになるでしょう。
言い換えれば、100年後の人たちにとってなくてはならない存在を、今自分たちが構築しているという自負があります。
それを見た未来の世代の挑戦者たちがワンネゴのことを知り、
「すごいよね、こんなものを作り上げたなんて。自分たちは何に挑戦しようか!」
そんな風に刺激を受けてくれることこそ、何よりも嬉しいことだと語ります。
「2005年にスティーブ・ジョブスがスタンフォード大学で行った、伝説のスピーチがありますよね。あの中で私、一番大事にしている言葉があるんです」
ーもし今日が最後の日だとしても、今からやろうとしていることをするだろうかー
その言葉を毎日噛みしめながら、ワンネゴの理念実現を目指していると話す森。
その理念とは、「法の安心を世界中の手のひらに」。
相手方と直接やっていたら、決して円満に問題解決などできなかった。
しかしワンネゴを使ったからこそ、問題が解決した上に、人間関係までも修復できた。
冨田を補足するように、森もまた言葉と価値観を重ね合わせます。
人類の歴史では、たくさんの先輩起業家たちがさまざまなものを創ってきました。
車であったり、Windowsであったり、スマートフォンであったり。
いろんなものができて、世の中を変えて、世界は良くなってきました。
そのうちの1つにきっと、ワンネゴが育つでしょう。
影も形もなかったところに、いろんな人の支援を受けながら、新しい価値を創造し実現していく。
そのストーリーと毎日をこそ、楽しみたい。
「今日が人生最後の日だったとしても、自分はこれをやっているだろう」
森はそう確信しています。
インタビュアー:桃野泰徳
作家・コラムニスト、ジャーナリスト。
主な著書:「なぜこんな人が上司なのか」(amazonベストセラー1位、新潮新書部門)
「自衛隊の最高幹部はどのように選ばれるのか」(週刊東洋経済)
朝日新聞GLOBE+(2021年8月~2025年3月連載)
長野県立福祉大学校(令和5年度 現代文入試問題)
本庄第一高校(令和7年度 国語入試問題)
冨田さんとは10年近くになる、飲んだくれの友達です。
座長:横内美保子
博士(文学)。総合政策学部などで准教授、教授を歴任。専門は日本語学、日本語教育。
高等教育の他、文部科学省、外務省、厚生労働省などのプログラムに関わり、日本語教師育成、教材開発、リカレント教育、外国人就労支援、ボランティアのサポートなどに携わる。
ウェブライター、編集者、ディレクターとしても分野横断的な取り組みを続けている。