INTERVIEW
01
法の安心を世界中の手のひらに
—2万件の現場体験から生まれた「やさしいテクノロジー」の挑戦
争う法ではなく寄り添う法の実現を
ー弊社冨田はなぜ、AtoJという会社を設立したのか
「誰も幸せにならない仕組みを変えたい」
弊社共同創業者・共同代表の冨田は若手弁護士時代、研鑽を積んだ現場で2万件を超える「少額・大量の債権回収」を手掛けていた時、大きな問題意識を持っていました。
過酷な現場で目にしたものは、未払い料金の督促にストレスを感じる多くの人たちの姿です。
それは決して、債権者だけではありません。債務者の方も同様です。
従来、このような少額・大量に発生する債権の問題に、弁護士はもちろん司法もリーチできていなかった故の社会課題です。
(なぜこんなに、誰も幸せにならない仕組みになっているのだろう…)
そんな想いで事業構想に着手したのが、株式会社AtoJの基本理念。
「争う法」ではなく、「寄り添う法」は、必ずテクノロジーで実現できる。
その挑戦が、社会で見過されてきた人々にあたたかい解決をもたらし、司法と社会の境界をやわらかく溶かしていく。
それを「ワンネゴ」は目指しています。
「森とならできる」
ーなぜ弁護士でありながら起業したのか
そんな問題意識を持っていた冨田の転機になったのは、共同創業者であり共同代表の森との邂逅でした。
冨田と森の出会いは、大阪弁護士会の「ベンチャー法務プロジェクトチーム」です。
その時、座長を務めていた森の得意分野はスタートアップとODR(オンライン紛争解決)。
森はそのプロジェクトで、こんなことを語っていました。
「ODRという、世界的にも新しい領域でスタートアップを立ち上げるべきだ」
(待てよ…。ODRであれば、少額・大量の未払い領域の課題を解決する、凄いソリューションにできるかもしれない)
冨田に、そんな直感が降りてきた瞬間でした。
少額・大量の債権回収
ーその現場で起きていること
「私が弁護士として研鑽を積んだ事務所は、診療費や家賃の未払いなど2万件を超える債権回収を全国の病院や自治体から受託していました。プロボノ活動の一環です」
そんな原点を持つ冨田が債権回収の現場で見たリアルは、文字通り"誰も幸せにならない"取り立ての構図。
「北風と太陽っていうイソップ童話、ありますよね。お金の取り立てってまさに、アレなんです」
AtoJの基本理念を語る際に冨田が多用するのが、この例えだ。
債務者側の代理人弁護士として文字通り、"北風"として、督促の電話をかける。
なんとかして払わせようとする。
それがどれほど過酷な作業かは、実際にやった人にしか分からない。
夜遅くまで口座の入金を確認し、Excelに落とし込み、報告書を作り、翌日には担当者と打ち合わせる。
電話口では「なぜ払わなければいけないのか」と1時間以上話し続けることすら珍しくない。
解決に至らないケースも多く、そんなときは重い空気がたちこめる。
弁護士が業務として取り組む電話でも、それほどまでに心身をすり減らすほどの辛さです。
まして、一般企業でたまたまその役目を担った総務や経理の担当者であれば、とても心がもたないでしょう。
「病院や自治体の担当者は膨大な数の未収に対応し、内部決裁や議会対応にも追われるんです。彼ら、彼女らはそんなことをしたくて公務員や医療職になったわけではありません。多くの人が2~3年もすれば顔色が悪くなり、追い詰められていきました」
解決策は"太陽"なのかもしれない
そんな現場を経験していく中で冨田は、一つの意外な事実に気が付きます。
(あれ…?もしかして債務者の人たちって、実は"払いたくない"わけではないのでは…)
一般的に、債権者=正義、債務者=悪人というのが多くの人の共通イメージでしょう。
借りたものを返さないのは良くないこと、良くないことをしている人からは強引に取り立てても当然。
そんな考えに基づく「取り立てのアプローチ」が、"北風"です。
しかし冨田は、その構図そのものが間違いだと気が付きます。
「相手の対応に不満がある人、身に覚えがないという人、払いたいけど今はどうしても難しい人など、解像度を上げていくと、払わないそれぞれの理由に、ソリューションが見えてきたのです」
債権者は常に正義というわけではなく、債務者にもそれぞれの正義がある。
であれば、北風を吹き付けるように取り立てようとしたら、よけい意地になって、支払おうとしない。
大事なことは「話を聞き、共に解決策を考える」こと。
いわば、デターサクセス(債務者の成功)すらも共に考えるソリューションでなければ、"未払いの解決"はうまくいくはずがないという事実です。
「北風ではなく太陽をあてれば、必ず解決策に近づける」
冨田がたどり着いた答えは、そんな言葉に集約されます。
ではなぜ冨田は、そんな価値観にたどり着いたのか。
「弁護士として事業再生を、専門の一つにしていたことが大きいですね。過剰な負債を抱え法的整理寸前の会社さんをどのように立ち直らせるのか。そのアプローチでは、『なぜ返済できないか』『どうすれば返済できるか』から考えるんです」
このようにして、ワンネゴのサービスの原点が形成され始めました。
「賛成できない」
ー"心理的安全性"の中で議論された事業構想の否定
ODR(オンライン紛争解決)の第一人者である森とともに株式会社AtoJを立ち上げ、少額・大量の未払い領域こそ、最初に取り組むべき課題と考えた冨田。
しかしその他の設立メンバーとともに目指すべきマーケットを議論する合宿で、冨田は皆から全否定されます。
「そんな領域のODR、世界でも前例がない」
ODRという仕組みそのものが、まだ世界でも緒についたばかりのサービス。
そのような中で利用者が増えているのは、欧米などを中心とした離婚のトラブルやECトラブルでした。
そのため、創業に参加した冨田以外のメンバーは全員、冨田の構想に反対します。
「実はこれこそが、AtoJの強みなんです(笑)」
冨田は当時を振り返り、全否定された過去も含め、創業メンバーの強みだと考えています。なぜか。
「ウチには、思ったことを口に出して議論できる心理的安全性という文化が、創業当初から誰がいうともなくあります。だから私もいいました。『少額・大量債権の回収から始められないなら、一緒にやる意味がない』と」
その冨田のロジックや熱意もあり、株式会社AtoJが最初に取り組むべき事業分野が決まりました。
ただ、共同代表の森をはじめとしたその他のメンバーも、経営経験豊富な弁護士をはじめとした専門家集団。
そのため冨田に、こう釘を刺します。
「わかった、じゃあ最初は少額・大量債権の回収からいこう。ただ、うまくいかなければピボットにも協力することを約束してくれ」
冨田ももちろん快諾し、こうしてAtoJの事業構想が進み始めます。
「選択肢を追えば問題が解決する」
ー前例のない"奇妙な"仕組みが生まれる
事業構想と最初のマーケットが決まれば、次はサービスの具体的設計、すなわちUI/UXにまで落とし込む必要があります。
少額・大量の債権をどのようにODRで解決するのか。
債権者にとっては、督促という心理的ストレスや膨大な作業からの解放。
債務者にとっては、納得感のある問題解決。
その2つが譲れないマストになります。
「そのためには、ODRの申立てプロセスを極限までシンプルに設計しなければなりません」
当時のことを、冨田はそう振り返ります。
少額・大量の未払いの世界は、債権者にとっても債務者にとっても、「目を背けたくなる世界」。
対応すればするほど心がすり減るし、放置すればモヤモヤが残る。
その延長線上に生まれたのが、ODRのUI/UXの中心にある「選択肢」という概念です。
債権者側の申し立て作業は、債務者の名前・金額・連絡先をシステムに入力することのみ。
そうすれば申立書が自動生成され、債務者に自動で通知される。
もちろん入金があれば自動で報告書が作成され、システムに全て反映される。
債務者に届く通知も極めてシンプルです。
「この債務に心当たりがありますか?」
そのような選択肢から始まり、基本はYesかNoで回答できるものばかり。
"わかりやすさ"の追求は細部にまで及び、
・スマホの画面で1行以内に収まること
・選択肢の数はスクロールしなくても見える範囲にとどめること
にもこだわりました。
さらに、選択肢だけでは言いたいことを十分に伝えられない方のために、「オンライン弁護士調停」モードも用意しています。
このモードを活用すれば、現役の弁護士が中立な立場で双方の話を聞き、顔を合わせることなく解決へ導くよう試みます。
通常、債権の「取り立て」や「話し合い」の世界では、双方の言い分を戦わせ合うので問題が重層的に重なり合い、複雑になりがちです。
しかしそれを一つ一つ解きほぐすことができれば、「一つ一つ、順番に解決すればよい」という構図が生まれます。
そのための選択肢であり、細分化です。
「私が事業再生の現場で感じていたのは、長い説明文では伝わらないということです。そのためよく、A4用紙に3行だけ書いてお渡しし、それを実行してもらうという方法を取っていました」
このような"奇妙な"仕組みにした理由を、冨田はそう語ります。
複雑に絡み合った問題を解きほぐし、簡単な問題に細分化してその一つ一つを解決する。
欧米では、ODRといえば当事者同士のチャットが中心ですが、全く異なる仕組みを生み出した背景には、そんな経験と信念がありました。
「債務者に寄り添うことで、債権者とともに成功してもらう」
ー仕組みに込めた想い
いったいなぜ、そこまでして「債権者にも債務者にも」寄り添う仕組みにこだわったのか。
冨田はその仕組みに込めた思いをこう考えています。
「どうすれば"法"を感じさせずに、"法の安心"を伝えられるかに尽きます」
弁護士でもない限り、法律を意識して日々の生活を送る人は、それほど多くないでしょう。
弁護士からの連絡、内容証明郵便、督促状…。
そのようなものを受け取ったら、多くの人は驚き困惑します。
債権回収という仕事において、債務者さんのそのような心理的ストレスを、極限まで減らしたい。
「エクイタブルデザインという概念があるんです。誰もが必要としているサポートが受けられ、それが公平性を産みだすという信念に基づいたデザインです。これまで見過ごされてきた人たちのニーズを満たし、公平な仕組みを築くことを目指す考え方です」
これこそが、株式会社AtoJのもっとも大事な価値観の一つだと冨田は考えています。
ボストン大学のウェブサイトには、下のような図が載っています。
エクイタブルデザインは、この図の右から2つめの「エクイティ(公平)」な状況を目指すもの。
このような過程を経て、社会構造的な障壁を取り除き、一番右の「Justice」を実現したい。
だからこそ、ワンネゴが提供するプロダクトやUI / UXの設計では、こうしたエクイタブルデザインのコンセプトを大切にしなければなりません。
ワンネゴの仕組みに込めた思いはまさにこれというのが、冨田の信念です。
債務者さんによっては、たとえば、「分割で支払いたい」「請求金額を修正したい」「請求に身に覚えがない」。
そう考える人も多くいます。しかし従来の"法的争い"では、それをどうやって意思表示すればいいのかすら、一般の人には困難でした。
そういった多様なニーズを理解し、解決に導く。簡単な選択肢で意思表示の手段を提示する。まさに誰でも簡単に、"法の安心"にアクセスできる仕組みです。
こういった仕組みを通じ、債権者・債務者双方に現実的な落としどころを見つけられるのです。
株式会社AtoJという社名に込めたメッセージと存在意義
会社名の「AtoJ」には、共同代表の森と冨田の、そんな信念が込められています。
AtoJとは、「Access to Justice」のこと。
直訳すれば、"正義へのアクセス"となるでしょうか。
しかし森と冨田は、「Access to Justice」をそのまま社名にせず、AtoJとしました。
その想いは、どんなものであったのか。
「Justiceという言葉は日本語で"正義"と訳されます。強い言葉であり、一方が善で他方が悪、という二元論的な構図を想起させかねません」
債権者が正義で債務者は悪という構図を否定する以上、そのような想起を避けたかったのだと、冨田は話します。
AtoJが生み出すものが、あたたかく、やわらかく、社会全体を包み込む存在であること。
「ワンネゴがあるから大丈夫!」
トラブルに直面したとき、そんな「社会の新しいお守り」のような存在にしたい。
そんな想いから、会社のVMV(Vision / Mission / Value)も、以下のように定めました。
Vision 法の安心を、世界中の手のひらに。
Mission 法とテクノロジーを掛け合わせ、解決をデザインする
Value フェアに。オープンに。シンプルに。
紛争解決とは、ある意味で「マイナスをゼロにする」ための仕組み。
ギスギスした空気をやわらかく包み込み、社会全体を癒やしていく存在でありたい。
「ワンネゴがあるから大丈夫!」
AtoJを通じて、そんな安心感が社会に広がり、法の安心が世界中の手のひらに届く未来を信じ、債権・債務の問題に悩む一人でも多くの人の役に立ちたい。
株式会社AtoJをそんなインフラに育てていきたいというのが、冨田の願いです。
インタビュアー:桃野泰徳
作家・コラムニスト、ジャーナリスト。
主な著書:「なぜこんな人が上司なのか」(amazonベストセラー1位、新潮新書部門)
「自衛隊の最高幹部はどのように選ばれるのか」(週刊東洋経済)
朝日新聞GLOBE+(2021年8月~2025年3月連載)
長野県立福祉大学校(令和5年度 現代文入試問題)
本庄第一高校(令和7年度 国語入試問題)
冨田さんとは10年近くになる、飲んだくれの友達です。
座長:横内美保子
博士(文学)。総合政策学部などで准教授、教授を歴任。専門は日本語学、日本語教育。
高等教育の他、文部科学省、外務省、厚生労働省などのプログラムに関わり、日本語教師育成、教材開発、リカレント教育、外国人就労支援、ボランティアのサポートなどに携わる。
ウェブライター、編集者、ディレクターとしても分野横断的な取り組みを続けている。